SOHN(ソン)のプロダクションは、ヴォーカルの使い方に優れている。シンセやドラムマシンなどの楽器で構築したエレクトロニック・サウンドのレイヤーとは引き離し、ヴォーカルそのものの響きを存分に発揮するため空間をしっかりと作っている。その隙間的空間で、エレクトロニック・サウンドと彼のハイトーン・ヴォーカルが、絡む寸前まで近づいたり、離れたり。SOHNのデビュー・アルバム『Tremors』は、そういった空間と音の距離感の変化を楽しむ作品である。ちなみに、彼がプロデュースを手がけたBanks(バンクス)やKwabs(クワブス)の楽曲も、ヴォーカルとトラックの距離感を絶妙にコントロールしながら、シンガーそれぞれの特徴を際立てたものだった。
いまや、インディR&Bと呼ばれる流れの中でひとつの形式を成している“エレクトロニック・サウンド+ヴォーカル”というスタイル。ソンはいかにしてこのスタイルに至り、どのように自身の音楽を作り上げているのだろうか。
実際に喋ってみると、やはりソンは声が良い。少し高めで、早口になっても一言一言の発音が柔らかく、話を聴いている側は穏やかな気分にさせられる。と同時に、滑らかに伸びて、独特の存在感を残しながらフェードアウトしていく彼の歌声はいたってナチュラルなものであると実感できる。挨拶をして、席に着き、会話を切り出したのは彼の方からだった。
そして、インタヴューに加えて、SOHNのRootscoasterも行いました。ぜひご覧下さい!
SOHNインタヴュー
(Interviewer & Header Photo : Hiromi Matsubara)
凄い暑いシンガポールとマニラを回ってきたから、東京は涼しくて気持ち良いよ。
ー東京も最近は暑かったんですけど、今日は涼しいですね。
へぇー。ナイスだね。
ーでは早速なのですが、先ほどのライヴを観ていて、あなたと2人のサポートの方がシンセサイザーとベースを演奏していることはわかったんですが、それ以外はあの沢山のマシーンで何をしていたんですか?
ベースのステファン(Stefan Fallmann)は、ベースに加えてシンセを弾いてる。もう片方はアルビン(Albin Janoska)っていうんだけど、4台のシンセサイザーを操ってて、ドラムにかけるエフェクターと、シンセサイザーにかけるディレイペダルが2台あって、あとAbleton Liveを使ってドラムマシンの録音とサンプリングをしてる。僕が使ってるのは、シンセサイザーとサンプラーとヴォーカル用のエフェクトボックス。でも、エフェクトボックスは1曲しか使わないんだけどね。あと、コンプレッサーを各自1台ずつ持ってる。かなり複雑だね。いろんなものをプラグインを通して3人の間でやり取りしてるよ。
ーサウンドがエレクトロニック・ミュージックに寄るほど、CDやレコードの音源とライヴの間にニュアンスが生まれていきますよね。その辺りについてはどう考えますか?
まず特に重要だと思うのは、ライヴとレコードにおいてはサウンドに求められるものが違うことだね。レコードは、大体はヘッドホンを使って1人でじっくりと聴くっていうことを前提として作ってるんだ。それを考えると、ライヴはレコードとは全く別の生き物だと思うね。そのサウンドの違いを許してあげることが僕は重要だと思っているよ。
ーでは、そのレコードの話を。トラックを作る際に意識していることはありますか? 特に、ヴォーカルのカットアップを多用している理由を教えてください。
僕のトラックはほんの小さなアイディアをきっかけにでき上がっていくことが多くて、その段階からどういうサウンドであって欲しいというのは頭の中にあるんだ。その頭の中にあるサウンドをスタジオで正確に再現していくのが、僕がトラックを作る際のプロセスだね。頭の中にあるときは具体的な楽器の音ではないんだけど、できる限りイメージに近い音をスタジオで作り上げて、ひとまずその音ができれば、あとはそれをいじりまくって、遊ぶような感覚で楽しみながらトラックを作っていくんだ。ヴォーカルのカットアップは、今は僕の重要な要素になっているけど、最初は自分の声でカットアップをしようと思っていたわけではなくて、別に何の楽器でも良かったんだ。ああいう風なサウンドを出したいっていう一心でイメージに合う音を探してたら、自分の声で作るのが最も適していたから結果的にヴォーカルのカットアップになったんだ。だけど、ヴォーカルでやるということよりかは、音の響きの方を求めていたんだ。
ーあなたのレーベルメイト、例えばinc.(インク)、Lo-Fang(ロー・ファング)、Twin Shadow(ツイン・シャドウ)といったアーティストをはじめ、あなたがプロデュースに関わっているKwabs(クワブス)やBanks(バンクス)もそうですが、昨今のシーンでR&Bの影響を強く感じる音楽が目立っていることについて、どう思いますか?
難しいね。僕ももちろんR&B的な音楽は聴いていたけど、おそらく今名前を挙げてくれた人たちの方が僕よりももっとR&Bを聴いて育ってきていると思うよ。確かに、今僕がやっている音楽はR&Bの影響を強く受けているよね。でも、それがどういう背景から出てきているものなのかはアーティストによって違うと思う。僕もR&Bは好きだし、影響を受けてるけど、それと同じぐらいオルタナティヴ・ミュージックに影響されてるよ。と言いつつも、僕はMichael Jackson(マイケル・ジャクソン)が大好きだし、Justin Timberlake(ジャスティン・ティンバーレイク)の「Cry Me A River」も好きだよ。でもR Kelly(R・ケリー)とかは好きになれなかったな(笑)。あと、Usher(アッシャー)の「Climax」は最高の曲だと思ってるよ。だから、各々がR&Bの良いと思う部分を自分たちの音楽に影響させているのが、最近の傾向だと思うよ。
ーその中でも特にあなたの音楽は、今仰ったようなR&Bの要素と同じぐらい、テクノ、アンビエント、ダブステップといったエレクトロニック・ミュージックの要素が引き立てられているという印象を受けますが、それは意図的に行っているのですか?
いや、全く無意識だね(笑)。自分にとって自然なサウンドを追求した結果だから、何かひとつ「これだ!」と思うサウンドからスタートして、イメージ通りに音が再現できたり、ひとつでき上がったら今度はまた別の音を作っていくっていう作業だから、その中には自ずと自分が受けてきた音楽的な影響は出てくると思うんだ。メロディーに関してもそうで、メロディーも自分で良いと思うものを書いているだけだから、リスナーができあがった曲を聴いて、僕がどういうものに影響されているかって考えることはあると思うけど、僕自身は何をどう出していこうみたいなことは全然考えてないよ。
ーでは、R&B的な面ではマイケル・ジャクソンやアッシャーに影響されているのに対して、エレクトロニック・ミュージック的な面で影響されたのは誰ですか?
うーん……良い質問だね(笑)。実は、エレクトロニック・ミュージックはあまり好きじゃなくて、“エレクトロニック・サウンド”の方が好きなんだよね。だから人で挙げるのは難しいけど……、例えば、The Knife(ザ・ナイフ)とかNicolas Jaar(ニコラス・ジャー)は大好きだよ。
ー僕もNicolas Jaarが好きです。
素晴らしいよね。彼が手がけたものは全て素晴らしいよ(笑)。だけど、やっぱりサウンドが好きなんだよね。エレクトロニック・サウンドの響きが好きなんだ。だからエレクトロニック・ミュージック自体には入れ込んだことがないんだ。
ー歌詞について教えて下さい。『Tremors』では、主に“終わり”と“始まり”というのがテーマがあるように思ったのですが、歌詞を書く際に心掛けていることや、意識しているテーマはありますか?
テーマは設定しないね。歌詞の書き方としては寧ろその逆で、書き上がってみないと自分が何を言おうとしてるのかがわからないんだ。歌詞に関しても、言葉の響きや流れの方が自分にとっては大事で、そういった部分の方をパーフェクトなものにしたいから、そういう点では歌詞の意味はあまり重要視していないよ。歌詞としてでき上がった時に、自分がどういうことを言いたいのか気付くんだ。でも、もちろん書きながらナンセンスなものになってしまうのは嫌だから、ある程度の目配りはしているけど、基本的には流れに任せて書いてる。歌詞もメロディーの一部になって欲しいなと思うんだ。
ーアルバムのタイトルを『Tremors』にした理由は?
そもそも「Tremors」という曲があって、その曲ができた時にやっと歌詞の言いたいことを自分自身で理解して、アルバム全体の本質がこの曲に現れているなと思ったんだ。というのも、僕は、頭の中で聴こえてきた小さなヴァイブレーションを少しずつ音に置き換えて、曲にしていくっていう作り方をしているから、“Tremor(震動、震え)“っていう言葉がぴったりだったんだよね。よく考えてみると、僕たち人間という存在も、生きていく中で経験っていう色々な波動や震動を受けていて、その中で残ったものが人間の肉体や姿になっていると思うんだ。そういう自分が哲学的に重要だと思っていることを「Tremors」は伝えていると思ったから、アルバムのタイトルにしたんだ。
ーSOHNという表記はドイツ語ですよね。ドイツ語の発音(「ゾーン↓」とoの音を少し口の中にこもらせたような発音)が正しい発音ですか? また、「息子」という意味の言葉ですが、この単語をアーティスト名にした理由を教えてください。
ドイツ語だね。でも僕は「ソン」と発音してるよ。ドイツ語だと発音しにくいっていう人がたくさんいたのと、僕自身「ソン」っていう発音が好きなんだ。確かに「息子」っていう意味の言葉だけど、意味合いよりは言葉の響きの方を大事にしてて、「ゾーン」って言うと強くて、シャープな響きになってしまうんだ。あと、フューチャリスティックな何かを感じる。逆に「ソン」だと、音は柔らかいけど力強さもあって、僕はこの響きから“自信”を感じるんだよね。
ー現在ウィーンで活動されているそうですが、ウィーン特有の物事で、音楽制作の刺激やソースになっていることはありますか? あなたのポートレートやセッション映像を撮影しているアンドレアス・ウォルドシュッツ(Andreas Waldschuetz)と出会ったのもウィーンですか?
そうだよ。今となっては、アンドレアスは非常に重要な存在だよ。彼のお陰でこういうファッションに目覚めたんだ。ソンの活動を初めたばかりの時は、アメリカン・アパレルで売ってるようなシャツにデニムっていう感じだったんだけど、彼に撮影してもらうことになった時に「もっとマシなものを着てもらわないと困る」って言われて、彼にあちこちの服屋に連れ回されているうちにこういうファッションになったんだ。あと、彼を通じて、素晴らしいデザイナーやスタッフの知り合いもできたよ。ウィーンも僕にとっては重要な場所だね。ロンドンよりも静かで、穏やかな雰囲気が僕に合っていて、住みやすいよ。ウィーンに住んでる人たちも、あの街の住みやすさや景観の良さも含めて、素晴らしい場所に住んでいるっていう自覚を持っていると思うんだ。そういう充実感みたいなものも、僕の音楽に表れているかもね。
■Biography
ロンドン出身のシンガー/エレクトロニック・プロデューサー。13年に英名門レーベル<4AD>と契約し、現在はオーストリアの首都ウィーンを拠点 に活動。12年、サウンドクラウドで楽曲を発表すると、世界中のメディアやブログで高く評価された。アルバム・デビュー前からラナ・デル・レイ、ディスク ロージャー、Rhye(ライ)、エンジェル・ヘイズなど人気アーティストのリミックスを手掛け、さらにBBCサウンド・オブ2014にノミネートされた BANKSや今注目を浴びているKwabsの楽曲をプロデュースするなど、話題の新人アーティストとして注目を 集めている。2014年、待望のデビュー・アルバム『トレマーズ』を4月にリリース。